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甲府地方裁判所 昭和25年(ワ)72号 判決

原告 石井きよみ

被告 小林とみぢ 外八名

一、主  文

被告等は原告に対し山梨県中巨摩郡敷島町第千百五十五番宅地百二十五坪の地上に建設してある別紙目録<省略>記載の建物を収去して右土地の明渡をせよ。

原告其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告は、被告等は原告に対し中巨摩郡敷島町第千百五十五番宅地百二十五坪の地上に建設してある別紙目録記載の建物を収去して右土地を明渡し、且つ昭和六年十一月十一日以降右明渡済に至る迄一ケ年金二万円の割合に依る金員の支払をせよとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、請求趣旨記載の土地は元訴外亡長田覚太郎の所有であつたが、同人より明治三十九年三月一日原告先代石井松景が之を買受け所有権を取得し、原告は相続に因り右権利を承継した。しかるところ、その後数年を経過しても所有権移転登記手続が完了しないので、原告は昭和六年十一月九日仮登記仮処分命令を得て同月十一日附を以て所有権移転の仮登記をし、次で昭和十三年六月二十三日甲府地方裁判所昭和八年(レ)第一二三号事件の確定判決に因りその本登記手続をした。被告等の先代小林兵造は、原告に対抗し得る法律上の権限なしに約四十年以前から右土地の上に別紙目録記載の建物を建設して之を占拠し、原告の所有権を妨害しており、被告等は昭和二十五年八月十一日先代兵造の死亡に依る相続に因り同人の権利義務一切を承継したものである。而して本件係争土地は県下最高の肥沃地で二毛作の土地であるから、一年間に白米一石三斗九升、小糠四貫匁この価格白米一升当百八円の計算で小糠と合して金一万五千四百十二円相当、又製粉小麦粉五十貫フスマ十六貫この価格小麦粉一貫匁当二百三十円、フスマ一貫匁当百円として計金一万三千百円相当の収穫がある筈で、右合計金二万八千五百十二円より右収穫に要する労賃と肥料代計金八千三百七十五円を差引いた金二万百三十七円が、被告等の右土地の不法占有に依り原告の蒙る一ケ年間の損害である。仍て原告は被告等に対し前掲建物収去に依る土地明渡並びに仮登記の日である昭和六年十一月十一日以降明渡済に至るまで、一ケ年金二万円の割合に依る損害金の支払を求める為本訴請求に及んだと陳述し、被告等の主張に対し、本件土地の前所有者長田覚太郎が昭和二年二月十七日死亡し、その長男政太郎が家督を相続し、昭和八年十二月三日右政太郎も死亡して長田与一郎がその家督を相続したこと、右土地が長田与一郎の県税滞納により公売処分に付せられ、昭和十二年十二月十日被告等の先代兵造が之を競落して同年同月十三日所有権取得の登記をしたこと、並びに被告等の先代が本件地上建物につき昭和二十五年五月二十三日保存登記をした事実は何れも認めるが、その余の主張事実は否認する。原告は亡長田覚太郎に対し仮処分に依る仮登記をしたが、それは当時同人死亡の事実を知らず登記簿上の名義人である同人を相手方としたのであるから、決して無効ではないと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中本件係争土地が元訴外長田覚太郎の所有であつたこと、原告が昭和六年十一月十一日所有権移転の仮登記をし、次で昭和十三年六月二十三日確定判決に因り本登記手続をしたこと、被告等の先代小林兵造が右地上に別紙目録記載の建物を建設して右土地を占有して居り、被告等が昭和二十五年八月十一日兵造の死亡に依る相続に因り同人の権利義務一切を承継し、引き続き右建物を所有していることは何れも認めるが、その余の事実は総て否認する。本件土地の元所有者長田覚太郎は昭和二年二月十七日死亡し、同人の長男政太郎がその家督を相続し、昭和八年十二月三日右政太郎の死亡に因り同人の長男与一郎が家督相続をしている。被告等の先々代小林源兵衛は、明治三十八年中所有者である長田覚太郎から本件土地を賃料を一ケ年籾十六貫匁入一俵(十一月末払)麦十六貫匁入一俵(七月末払)とし期限を定めずに賃借し、それ以来同地上に順次別紙目録記載の建物を建設して右土地を使用して来たもので、被告先代兵造も亦昭和十二年十二月末迄右賃料を長田与一郎に支払つて来た。しかるところ右与一郎の県税滞納の為右土地が競売となり、昭和十二年十二月十日兵造が之を落札して同年同月十三日所有権取得の登記手続をしたものである。原告は前述のように昭和六年十一月十一日所有権移転の仮登記をしているが、右仮登記は無効である。すなわち、右土地の登記簿に依ると、原告が仮登記仮処分をしたときの登記義務者は長田覚太郎となつているが、同人は昭和二年二月十七日に死亡し、その子政太郎が家督を相続したものである。故に原告が昭和六年十一月十一日に前記仮登記を為す場合には、代位登記申請に依り所有者名義を長田政太郎に変更し、然る後に右仮登記を為すべきものである。しかるに原告はかかる手続を為すことなく、既に死亡している長田覚太郎を登記義務者として仮登記を為しているから、この仮登記は無効である。従て此の無効な仮登記を前提として、しかも登記原因の記載が無くして為されているその後の本登記も亦無効である。故に本件土地の所有者は被告等であつて原告ではない。仮に右土地の所有権が原告に在るとしても、前述のように被告等先代は賃借権に基いて建物を所有し右土地を使用して来たのであつて、同人は昭和二十五年五月二十三日その建物につき所有権保存登記をしているから、右賃借権を以て原告に対抗し得るわけである。又仮に右賃借権を以て対抗し得ないとしても、本件土地は宅地百二十五坪であつて、その地勢は元来潅漑用水路面より約三尺高位にある為、従前から宅地として使用されて来たもので耕作地ではないから農作物の収入は皆無である。被告等の前主小林源兵衛は当時の地主長田覚太郎から右土地を建物所有の目的で借受け、その賃料を一ケ年籾十六貫匁入一俵麦十六貫匁入一俵と約したのであつて、当時の貨幣価値に順応し右米麦の数量が右土地より通常生ずる利益であるとして、そのような定をしたのであるから、右土地を使用できないことに因て生ずる損害の額は右の程度に止まるべきものである。更に附言するに、本件土地を農耕用地として之を見るならば前述のような地勢の為、田としての用は全然なさないから畑地として全部に麦を栽培するとしても、その収穫高は十分な施肥と労力を用いても一ケ年に十二貫匁俵三俵を収穫すれば最上であつて、之から施肥労力の費用を控除するときは実収は一俵程度に止まることとなる。しかしながら被告等の前主は之を宅地として借受けたものであるから、耕地としての通常生ずる利益より高い籾一俵麦一俵を以て賃料と定めたのであつて、而も右籾及麦は該土地より生じたものを以て支払うこととしたのではなく、被告等の前主は農家であるから農家一般の慣習に従い物納と定めたに過ぎない。従て原告の主張するような損害金の支払には応ずることができないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

山梨県中巨摩郡敷島町第千百五十五番宅地百二十五坪は元訴外長田覚太郎の所有で、被告等の先代兵造が約四十年以前からその地上に別紙目録記載の建物を所有して右土地を占有しており、昭和二十五年八月十一日兵造の死亡に因り被告等が同人の権利義務一切を承継し右建物の所有権をも取得したことは当事者間に争のない事実であつて、成立に争のない甲第一号証乃至同第四号証、証人石井とも並びに原告本人の各供述を綜合すると、右宅地は明治三十九年三月一日に原告の先代石井松景が他七筆の土地と共に所有者長田覚太郎から買受け、大正四年九月四日松景の死亡に因り原告がその所有権を承継したものであることが認められ、他に反対の証拠はない。而して右土地の登記名義人である長田覚太郎は昭和二年二月十七日死亡して長田政太郎が相続し、政太郎も亦昭和八年十二月三日死亡し長田与一郎が相続していること、原告は右土地につき昭和六年十一月十一日長田覚太郎に対する仮登記仮処分命令に因り所有権移転の仮登記をし、続いて昭和十三年六月二十三日甲府地方裁判所昭和八年(レ)第一二三号事件の確定判決に基いてその本登記手続をしたこと、並びに他方右土地は昭和十二年十二月十日当時の登記名義人である長田与一郎の県税滞納に依り公売処分に付せられ被告等の先代が之を競落して同月十三日附を以て所有権取得の登記手続をしていることは之亦当事者間に争のない事実である。そこで右仮登記の効力について判断するに、仮処分に依る仮登記手続は仮登記の性質上登記権利者において一方的に登記を為し得る簡便な方法として認められた制度であつて、登記原因が疎明せられたときは裁判所は仮処分命令を発し、右命令の正本を添附して仮登記の嘱託を為すのである。従てこの場合右命令は登記手続を命ずる判決のように相手方の意思の陳述を擬制する程に強い効力を持つものではなくして、単に登記原因を証する書面に代る作用を持つに過ぎないと解すべきであるから、右命令の為された当時既に登記簿上の名義人が死亡し事実上相続が開始されていた場合であつても、後日その相続に因る登記が為されている以上、右登記簿上の名義人に対して為された仮登記を以て無効と為すべきものではない。前掲甲第二号証に依ると原告の仮登記が為された後昭和十二年五月十三日右土地は長田覚太郎より長田政太郎に、更に同人より長田与一郎に夫々相続に因り所有権が移転した旨の登記が為されていることが認められるから、前述の理論に従い原告が為した仮登記は有効と解せざるを得ない。それならば原告が昭和十三年六月二十三日に為した本登記は仮登記の時である昭和六年十一月九日に遡つて爾後所有権を取得した者にも対抗し得ることとなり、それが競落に因る所有権取得の場合であつても結論を異にすべきものではないから、被告等先代が昭和十二年十二月十三日に為した所有権取得登記は結局原告に対抗できないこととなる。而して確定判決に基く登記は、その判決自体が登記原因となるのであつて、原告の本登記には瑕疵がないから原告のみが本件宅地の唯一の所有権者となるわけである。

仍て被告等の賃借権の主張について判断するに、証人長田ハナ並びに証人長田浩造(第一、二回)の各供述に依ると、被告等の先々代小林源兵衛は本件宅地を長田覚太郎の所有当時同人から期限を定めず賃料を一年間十六貫匁入籾及麦各一俵と定めて賃借し、被告等先代兵造が右賃借権を承継して引き続き占有して来たものであることが認められ、他に反対の証拠はない。しかしながら右土地は明治三十九年三月一日に原告先代が、その所有者であつた長田覚太郎から之を買受け原告が相続に因りその所有権を承継し、昭和六年十一月十一日に所有権取得の仮登記をし、昭和十三年六月二十三日にその本登記を経由したものであることは前認定のとおりであつて、原告は右本登記の日以後は第三者に対してもその所有権を主張し得るわけであるから、被告等は原告に対抗し得る要件を具備しない限り、その賃借権を主張し得ないこととなる。被告等は本件地上建物につき昭和二十五年五月二十三日所有権保存登記をしているから右賃借権を以て原告に対抗し得ると主張しているけれども、建物保護に関する法律第一条に、土地の上に登記した建物を有するときというのは、目的物件について所有権の変動或は他の権利の設定が為された時期、本件について之をいえば原告が被告先代に対し本件土地の所有権を対抗し得るに至つた時、即ち昭和十三年六月二十三日当時において既に地上建物につき登記を備えていなければならないのであつて、それ以後において登記をしても右の要件を具備したことにはならないから、たとえ被告等先代が昭和二十五年五月二十三日に至つて本件宅地上の建物につき保存登記をしたとしても、之を以て賃借権を対抗し得る事由とはならない。他に被告等が右の賃借権を原告に対抗し得べき事由若は原告が右賃貸借関係を承継したと認む事実を証明し得る証拠がないから、結局被告等は昭和十三年六月二十三日以後は原告に対抗し得る法律上の権限なしに本件宅地を占有していることとなり、原告に対しその地上物件である別紙目録記載の建物を収去して右土地の明渡を為すと共に、右不法占有に因て原告の蒙りつつある損害を賠償する義務を負わなければならない。

進んで原告の損害金の請求について考えてみるに、原告は前掲被告等の不法占有に因て原告が右土地を耕作することに依り当然挙げ得られた収益を失つたとして、その収穫高に相当する損害の賠償を求めているけれども、本件土地が公簿上宅地であることは当事者間に争のない点であつて、証人長田浩造(第二回)の供述に依ると右土地は既に五十七、八年前から宅地として使用されて居り、田畑として耕作された事実は全然無いことが認められ、他に反対の証拠はない。而して物の不法占有に因り通常生ずべき損害は、その物の通常の使用収益を妨げられたことに依り蒙り又は蒙ることあるべき損害をいうのであるから、本件土地についていえば宅地としての使用収益を妨げられたことに因て生ずる損害即ち賃料相当額が通常生ずべき損害となる。従て宅地を田畑として耕作することは特別の事情に該当するから、耕作することに依て収穫し得べかりし利益を喪つたものとして損害の賠償を求めるには、民法第四百十六条第二項に準拠して不法行為の当時において将来斯のような収益のあることを確実に予見し又は予見し得べかりしことを主張し且つ立証しなければならない。しかるに本件ではこの立証が為されないから原告は被告等に対しその損害の賠償を求めることは許されない。それのみならず原告は賃料相当額の損害については敢て主張しないし、従て額の立証もないから、結局損害の賠償を求める主張は総て排斥を免れない。

仍て原告の本訴請求は建物収去土地明渡を求める限度においてのみ正当として認容し、その余は失当として排斥することとし、尚仮執行宣言を付することは相当でないと認め之を付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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